中野島の渡しで、東京へ野菜、梨、桃の出荷

2019年1月23日に行きました。

矢切の~渡し~‥‥「細川たかし」さんの歌ですが、多摩川はたびたび氾濫し家や田畑が流出され川の流れが変わってしまい橋をかけることが困難でした。多摩川に橋が無い頃は対岸に行くのは渡し舟でした。物資や人や対岸に渡したり、耕作の為に利用してました。上流から下流のいたるところに渡し場が有りました。代表的なのが「上石原の渡し」「矢野口の渡し」「菅の渡し」「中野島の渡し」です。ここ中野島の渡しも明治18年、旧中野島村と対岸の旧下布田駅、国領駅、上給村の四カ村で開設されました。東京へ野菜、梨、桃等などの出荷に活躍しました。また、肥料等の運搬などに利用されました。いつ廃止になたのは不明ですが、‥‥昭和10年頃でそうです。歩いて、探してみよう。足元に注意してね。

布田側から、対岸の中野島を見ました。遠い~ね。

多摩川を挟んで布田側から、中野島を見てます。多摩川が小さく見えますね。多摩水道橋を渡っての対岸は遠い~ね。是非、皆さんもチャレンジしてね~くたびれるから。

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